全国裏探訪取材班は、かつて200軒を超える遊郭が立ち並んでいた「飛田遊郭跡」を
探訪している。飛田“新地”になった現代の様子も見て行きたいのだが、まずは
飛田“遊郭”時代のお話からしていこうと思う。

「飛田新地 案内図」

これが大体、2019年(令和元年)の飛田新地の様子だ。今でもものすごい数の料亭
があるな。これはすごい。でこの中でもちゃんとした料亭なのは右下の鯛よし百番
くらいか。現在そのほかの殆どの料亭はちょんの間という、いわゆる風俗店だ。

「悠」「春香」「吉原」

まずは簡単ではあるのだが、この“飛田”について簡単に歴史から学んでいこう。

飛田遊郭の前身は難波新地乙部遊郭というもので当時は「難波新地」と呼ばれてい
たものが江戸時代からあった。まあ、東京でいうところの吉原遊郭みたいなもんだ。
この難波新地の大体の場所は現在の南海難波駅の北側、ちょうどマルイとかあった
あたりにあったという。での難波新地の移転の発端になったのは1912年(明治45年)
1月16日にあった「ミナミの大火」だ。

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